脳と心の研究 最前線

さて、今回の話題は「脳と心の研究 最前線」についてのお話です。

近年、高齢化の進展や健康志向の高まりによって、脳科学や認知機能、心理学といった話題が再注目されているように感じます。
2010年前後にも一時、脳の強化法や心理学ブームがありましたが、近年はさらにテクノロジーの進化によって、科学的な根拠をともなった新たな研究成果が多数発表されるようになりました。

脳科学とは、ヒトを含む動物の脳と、それが生み出す機能について研究する学問分野である。(ウィキペィアより)

脳科学研究が始まったのは1800年代後半ともいわれ、歴史的には日が浅く、脳を研究することは宗教的に禁じられていたり、そんなに大事な部位とは信じられていなかったようです。
ですから、それ以前は脳の役割もよくわからず、心はどこにあるのか?ということもよくわかっていませんでした。
心の場所探しの歴史は古く、かのアリストテレスでも胸(心臓)にあると考えていたと言われているほどです。

今では「心のありかは脳にある」ということは周知の事実となり、一部ではいまだに議論が分かれているともいわれていますが、大多数の研究者において、共通理解が得られているところです。

また心理学は、人の心と行動を科学的に解明しようとする学問分野ですが、その始まりも比較的新しく、科学的に研究されたのはやはり1800年代後半と言われています。

脳科学と心理学について、その説明でよく言われているのが、心理学が脳の「ソフトウェア」の部分を専門的に取り扱うのに対して、脳科学(神経科学)は、脳の「ハードウェア」としての役割を明らかにする学問分野だと言われています。

脳や心のはたらきについては、学問分野ごとにそれぞれ定義は異なりますが、例えば、脳科学、神経科学、心理学、認知科学、精神医学、進化、遺伝学、行動学、哲学、社会学など、さまざまな側面から研究がなされています。

上記の脳科学の研究では、心の活動は脳内の神経回路網や化学物質の相互作用によって生じることが示唆されています。
脳の特定の領域や神経回路の活動パターンが、喜び、悲しみ、恐れ、愛情などの感情や心の状態と関連していることがわかっているそうです。
ただ、心は脳だけでなく、身体全体や環境との相互作用によっても形成されると考えられていて、例えば、身体的な感覚や体験、社会的な関係、文化、環境などが心に影響を与えることがあるようです。

しかしながら現在でも、この脳(頭部にある神経系の中枢)と心については、まだまだわかっていないことも多く、その仕組みは未だに完全には解決できていない研究分野です。

我が国では、脳科学の研究は文部科学省が担っており、公式ホームページを見ると、科学技術・学術審議会の中に、「国内外における脳科学研究の現状と問題点について」の記載がされています。少し記載内容を紹介しますと、

【脳科学研究の科学的意義】:脳は人間が人間らしく生きるための根幹をなす「心」の基盤である。
脳科学は、認知、行動、記憶、思考、情動、意思など、人間の心の働きを生み出す脳の構造と機能を明らかにすることを通して、真に人間を理解するための科学的基盤を与えるものである。(中略)
【脳科学研究の社会的意義】:心身の健康は人々の切実な願いであり、また、心身の健康寿命を伸ばすことは、少子高齢化を迎える我が国が持続的に発展するためにも必要不可欠である。(中略)などと記載されています。

また、先日の2023年6月23日の読売新聞に、「文部科学省は来年度、デジタル空間上に神経回路や遺伝子の働きなど複雑な脳の仕組みを再現し、認知症やうつ病など脳神経に関わる病気の克服を目指す大型研究計画を始める」といった記事が掲載されていました。

さらに、文部科学省の公式ホームページの会見・報道・お知らせの報道発表を見ると、先月の6月29日にライフサイエンス委員会 脳科学作業部会(第7回)が開催されるとのお知らせが出ていました。
その中の議題は、1.今後の脳科学研究の方向性について(中間とりまとめ)2.「脳とこころの研究推進プログラム」中間評価について、などとなっており、驚くことに、わたしも初めて知りましたが、傍聴を希望する場合は登録フォームから申込みすれば、1.の議題の際にはZoomで参加ができるということでした。
こちらから学ぼうと思えば、普段は遠くに感じる我が国の政策なども、身近に知ることができるんですね!ビックリです。

話は変わりますが、脳科学の成果を活かした最新の科学技術にBMI(ブレイン・マシン・インターフェース)という技術があるのをご存じでしょうか。

BMI(ブレイン・マシン・インターフェース)とは、人間の脳と機械やコンピューターをつないで、脳波を読み取って信号を検知・解析することで、脳活動の情報を活用する技術のことをいいます。

この未来志向のテクノロジーは、頭で考えたことを言葉を使わずに他人に伝えたり、頭で考えるだけでモノを動かせたり、機械(ロボット)を操作したりすることができる夢のような科学技術です。

縁があってわたくしも以前、このBMIについてのセミナーを、大和ハウスグループのみらい価値共創センター「コトクリエ」で学ぶ機会があり、SF映画のようなことが現実になろうとしている事実をお聴きし、驚愕しました。

ご講演いただいた、大阪大学大学院 医学系研究科の平田 雅之 特任教授のお話しは、このBMI技術が多くの難病患者の治療に役立つこと、また障がいを持っている方々のサポートができる、社会的にも大変有益なテクノロジーであることなど、普段お聴きできない貴重なお話しでした。

米国で先行するBMIですが、かの有名なイーロン・マスク氏も、巨額を投じて、ニューロテクノロジー企業「Neuralink(ニューラリンク)」を2016年に設立し、2020年には早くも、脳とAIを繋ぐ埋め込みチップ「LINK VO.9」と自動手術ロボ「V2」のプロトタイプを発表しています。
そして、この2023年5月には初の臨床試験を開始する承認を米食品医薬品局(FDA)から取得したことが報じられました。
日本では考えられない、驚くべきスピードと成果です。

ご存じの通り、イーロン・マスク氏は、電気自動車(EV)会社「テスラ」、航空宇宙会社の「スペースX」、最近ではツイッター(Twitter)の買収でも有名になったアメリカの実業家です。
どのような方かはわかりませんが、時代を先取りしたその先見性と実績、スピードにはただただ驚くばかりです。

そして最後にご紹介したいのですが、ようやく日本でも、このBMI技術を活用した装置が開発されました。
先月の2023年6月28日の日本経済新聞に、「国内初の脳卒中患者向けのリハビリ用の訓練装置」が実用化されたという記事ですが、ご覧になりましたでしょうか。
この装置を開発したのは(株)LIFESCAPES(ライフスケイプス)という慶應義塾大学発のスタートアップで、脳科学と人工知能(AI)を用いて開発された、まさしく、BMI技術を活用した装置です。

この訓練装置は、脳卒中の後遺症で手がまひした患者が、脳波を読み取るセンサーのついたヘッドギアを頭にかぶり、手を動かすイメージをすると、AIの指示でロボットが手を動かします。そして同時に、患者の腕の筋肉にも電気刺激を与え筋肉の収縮を促すというもので、臨床研究では重度の患者の7割で指の筋肉に反応がみられ、一部の患者では物を離したりつかんだりできるようになったとのことです。

ライフスケイプスは、脳科学の成果を医療応用するスタートアップ企業ですが、QOLの向上に役立つ素晴らしい企業だと思います。
普及はまだまだこれからですが、BMIの技術が日本でもようやく実を結び、広がってきた証ではないでしょうか。

脳と心の研究はまだまだこれからの分野でもあります。
今後の研究成果の活用次第で、心理的にも物理的にもQOLの向上がなされ、well-being(健康・幸福)度が高まること間違いなしです。
是非その願いが叶うよう、皆さまとご一緒に学んでいければ幸いです。