QOL向上に影響する治療薬開発の動き

さて、今回の話題は、読者の皆さんのQOL向上にも影響を及ぼす治療薬開発への動きについての話です。

読者の皆さんは、「ドラッグ・ロス」や「ドラッグ・ラグ」という言葉をお聞きになったことはありますか?
海外ですでに使われている治療薬が日本では開発が行われず、日本で使うことができない状況を「ドラ ッグ・ロス」といいます。
また、海外で使われている治療薬が、日本で承認されて使えるようになるまでの時間差のことを「ドラッグ・ラグ」といいます。
公的医療保険制度の持続可能性に関する国⺠調査によると、ドラッグ・ロスやドラッグ・ラグについて知らない人が約75%にのぼりました。

それではここからは、「ドラッグ・ロス」や「ドラッグ・ラグ」の原因や解消するための動きについてご紹介します。
そして何より、病気の治療を行っている患者さんや家族の方々の意見をご紹介しながら、「ドラッグ・ロス」や「ドラッグ・ラグ」の知識を深めていただき、治療する薬が世界では開発されているのに、それをこの日本では使うことが出来ないという、命に関わる大切な問題について考えたいと思います。

厚生労働大臣の諮問機関である中央社会保険医療協議会の薬価専門部会では、ドラッグ・ロスに陥っている医薬品86品目のうち39品目が「日本ではその病気に対する既存薬がない」と報告されています。
特定の病気に関わらず、幅広い領域においてドラッグ・ロスが発生している現状だとといえます。
問題の大きな背景として、日本の薬価制度の特徴が指摘されています。
日本では薬価が低く、事業性が成り立ちにくい特徴を持っています。
販売時に想定される価格が欧米に比べて低いうえに、市場に出回るほど薬価が下がるなど不確実性が高くなります。
特に海外の新興企業は資金に限りがありますから、収益性を見込めない日本市場での開発は、検討すらされないことがほとんどだといいます。
医薬産業政策研究所の調査によると、2021年の世界の医薬品売り上げ上位300品目のうち65%は米国で最初に流通し、日本で最初に流通するのは6%ほどしかないという結果を発表しています。
厚労省はこういったドラッグ・ロスの解消に向けて、今後薬価上の措置を見直す議論を進めるということです。
具体的には、世界に先駆けて日本で開発する医薬品に薬価を加算する制度の要件を緩和する案などが浮上しています。

それではここからは、国内における治療薬の開発環境や動向に対する考え方や要望に関することをもう少し詳細にご紹介しましょう。

患者さんやご家族のインタビューでは、「(海外と比較し)使える薬の差は死活問題になります」といった声があり、患者さんにとってドラッグ・ロスが喫緊の課題であることが明らかとなりました。
また、患者さん自身の希少疾患の治療薬が、海外では使用できるが日本では使用できない(ドラッグ・ロス)と仮定した場合の治療に関する意見を確認すると、81.3%の患者さんが「日本で治療できるようになるまで待ちたい」と考えていることも明らかとなりました。
日本で治療を行いたいという患者さんの強い期待や要望を踏まえると、ドラッグ・ロスを社会課題として捉え、関連するステークホルダー(利害関係者)で連携して課題解決を図る必要があるといえます。
更に日本国内における患者数が少なく、日本で治験の実施が困難なことが多い希少疾患の治療薬においては、アジアを含む海外の治験データ(有効性・安全性データ)を活用して治療薬を承認し、適切な情報に基づき患者さん自身が治療薬を選択できる環境を整備する等、患者さんの治療薬へのアクセスを確保する柔軟な仕組みの必要性が示唆されました。
患者さんの行政機関や製薬企業への要望を確認したところ、新薬を待ち望む多くの声が挙げられました。
患者さんを含めた各ステークホルダーが有機的に連携し、治療薬の開発を推進する環境整備が求められているといえます。

それでは、治療薬開発における日本人データの必要性に関する考え方はどうなのか検証してみましょう。
海外でのみ承認・使用されている治療薬を日本に導入するためには、日本人の治験データ(有効性・安全性データ)が必要です。
ここで治療薬の開発における日本人データの必要性について、患者さんがどのような考えを持っているのかを考察してみます。
今回の調査では、海外またはアジアの治験データがあれば、治療薬を使用したいかどうかを確認しました。
さらに、追加質問として「どちらともいえない」、「やや抵抗がある」、「抵抗がある」と回答した人に対して、日本人データを承認時ではなく、市販後に収集することの是非について確認しました。
なお、治療薬の有無で回答の傾向を分析しています。
治療薬の有無については、 独立行政法人医薬品医療機器総合機構の医療用医薬品情報検索で、当該疾患の効能・効果の適応がある場合を「治療薬あり」と定義しています。

調査の結果は次の通りでした。
「日本人データがない場合でも、海外の治験データ(有効性・安全性データ)があれば治療薬を使用したい」人が48.0%(治療薬あり)、53.5%(治療薬なし)で約半数でした。
「日本人データを承認時ではなく市販後に収集するのであれば使用したい」人まで含めると57.5%(治療薬あり)、68.1%(治療薬なし)で、3人に2人が、「海外の治験データ(有効性・安全性データ)を活用して治療薬を承認し、日本で使用したい」と回答しています。
また、「日本人データがない場合であっても、アジアの治験データ(有効性・安全性データ)があれば治療薬を使用したい」人は、「海外の治験データの場合」よりも使用意向が高く、抵抗感もより少ない傾向となっています。

患者さんやご家族のインタビューでは、「有効性があるなら使っても良いが、今の薬が効いているので積極的には使わない」という声があった一方、「人種間の違いがあるか等の研究をまずは進めることが大事であるが、海外で使用されているものは日本でも使用できるように進めてほしい」や、「治療の選択肢がない現状は変えなければならない。承認した上で、治験のように患者個人が承諾すれば使える仕組みが望ましい」のように、海外の治験データを基に承認し、最終的に患者自身が治療薬の使用に関して意思決定できる仕組みを要望する意見が複数ありました。

患者関連団体のインタビューでは、「米国や欧州で有効性や安全性が確認されているのであれば、特に進行性の疾患の場合は特例で承認し、後から検証というプロ セスも検討すべき」といった、患者さんやご家族と同様の声がある一方、「重篤か軽傷かで、日本人データの必要性の議論は分かれてくる。国が責任をもって有効性や安全性を確認するシステムがある以上は、慎重な議論が必要である」といった慎重な意見もありました。
患者数が少なく、日本で治験の実施が困難なことが多い希少疾患の治療薬においては、アジアを含む海外の治験データ(有効性・安全性データ)を活用して治療薬を承認し、適切な情報に基づき患者さん自身が治療薬を選択できる環境を整備する等、希少疾患の患者さんの治療薬へのアクセスを確保する柔軟な仕組みの必要性が示唆されました。

患者さんの治療薬の開発に関する行政機関・製薬企業への要望では、新薬を待ち望む多くの声が挙がりました。
また「新薬の開発を迅速に進めてほしい」といった開発に関する要望や、「治療薬を早く承認してほしい」、「海外で使用されている薬を早く承認してほしい」といった承認に関する要望も多く挙げられました。
開発や承認に関する要望以外に、情報提供/情報発信についても多くの要望が挙げられました。
患者さんを含めた各ステークホルダーが有機的に連携し、治療薬の開発を加速する環境整備が求められているといえます。

QOLの向上やwell-beingを叶えるためには健康が不可欠です。
しかしながら、その健康を万一害してしまったとしても、適切な治療を行うことが出来ればまた以前のような健康体へ戻ることが出来ます。
その適切な治療を施すためのハザードとして今回ご紹介をした「ドラッグ・ロス」や「ドラッグ・ラグ」の存在があると言えます。
安全性を担保しつつ、日本での治療薬開発への動きに関して、今後更に論議が深まることを期待したいと考えています。(ま)