ダイエット効果で需要が急増、肥満症治療薬の魅力

さて、今回の話題は「ダイエット効果で需要が急増、肥満症治療薬の魅力」というお話です。


今回と次回は、QOL(生活の質)に大きく影響する「薬」について、最新の話題をお届けしたいと思います。

皆さんは、肥満症の治療薬が今、世界中(特に米国を中心)で飛ぶように売れているのをご存知でしょうか?
あまりにも需要が急増したために、現在でもその肥満症治療薬の供給が追いつかない状況になっています。

なぜかといいますと、もともと糖尿病の治療薬として開発された「GLP-1受容体作動薬」というタイプの薬ですが、体重を減らす効果があることがわかったために、美容目的の「やせ薬」として使用が急増したからです。

その薬によって、どれくらいの需要が生じたかと申しますと、開発した製薬会社2社の株式の時価総額が、何と2社とも世界時価総額ランキングのベスト20入りを果たしたことからも察しがつくのではないでしょうか。

その2社というのが、米国製薬大手のイーライリリーと、デンマーク製薬大手のノボノルディスクという会社です。
1月17日時点のデータ(QUICK・ファクトセット)での時価総額は、イーライリリーが世界ランキング10位で日本円にして約87兆円。又、ノボノルディスクが15位の約70兆円となっていて、これはデンマークの国内総生産(GDP)をも上回る驚くべき数字です。
あまり比較はしたくはありませんが、日本企業の時価総額ランキングのトップはトヨタ自動車ですが、株式時価総額は約48兆円でまったく及びません。

この「やせ薬」の需要はすごいことだと思いませんか。

どちらの企業も、もともと糖尿病の治療薬などの分野に強く、その知見を生かした肥満症治療薬の開発によって急成長しています。
具体的には、2021年6月、ノボノルディスクが開発した「セマグルチド(商品名ウゴービ)」が 、米国初の肥満症治療薬として米国食品医薬品局(FDA)から新薬承認を受けたことが始まりです。

このウゴービという肥満症治療薬の効果ですが、先に行われた日本での研究データによりますと、一定期間使用することで、何と10㎏ 以上の体重減少が確認されたということからも、その効果は本物のようです。

日本ではよく、欧米などで普及する優れた薬が日本に投入されない「ドラッグロス」や日本向けの開発が遅れる「ドラッグラグ」が深刻化しているといいますが、こと肥満症治療薬に限ってはどちらの問題もあまり聞きません。

それどころか、2023年3月には既に、厚生労働省が肥満症治療薬「ウゴービ皮下注」を承認していますし、2023年11月には早くも公的医療保険の適用対象にする旨が発表され、薬価が収載されるとともに、既に「最適使用推進ガイドライン」も公開されるという早わざです。
さらに、2024年2月22日には「ウゴービ」が日本で発売されることも発表されています。(これはアジア諸国で初、世界では6か国目となるようです。)

このように、世界の注目を集める肥満症治療薬ですが、2023年11月30日の日本経済新聞に、ウゴービを開発したノボノルディスクのラース・ヨルゲンセン社長の記事が掲載されていました。
そこには、「ヘルスケアに先行投資を」というタイトル文字が書いてあり、とっても印象に残る内容でしたので少しご紹介したいと思います。

「欧州諸国も日本も、ともに高齢化の進展と労働力の低下に直面しており、医療財政をどうするかという問題を抱えている。解決への唯一の道はイノベーションである。(中略)
世界では今、肥満の指標となる体格指数(BMI)が 30(WHOの診断基準)を超える肥満人口は約10億人にのぼり、さらに増えている。(中略)
肥満症は非常に複雑で、社会経済的な背景や遺伝的要因も絡んでいる。関連する疾患は100くらいあると考えられ、高齢化社会において肥満症が引き金となるいくつもの疾患を防ぐことは、医療費を抑える上でも意味のあることだ。」
という内容でした。

また、この記事を書いた日本経済新聞の編集委員 安藤 淳氏の記事には、
「高齢化が進む中で、健康寿命をどう延ばすかは先進国の共通課題だ。優れた薬は患者や家族のQOL(生活の質)を改善し、身体的・精神的な負担の軽減をもたらす。」
という内容がしたためられており、大変興味を覚えました。

次に、もう1社の米イーライリリーの肥満症治療薬「ゼプバウンド(一般名チルゼパチド)」は、2023年11月に米国食品医薬品局(FDA)から新薬承認を受けました。
この薬は米国で2型糖尿病の治療薬として2022年に承認を受け、「マンジャロ」の商品名で販売されていましたが、今回、肥満症治療薬として正式に承認されたことで、利用が急激に広がっています。

米イーライリリーは、世界で初めてインスリンの製剤としての実用化に成功しているほか、同じく世界で初めての遺伝子組み換えによる製剤の開発にも成功している先進的な製薬会社です。
肥満症治療薬だけではなく、認知症治療薬を巡っても新薬を開発するなど、今後のさらなる成長が期待されています。

以上の2社は、世界で最も企業価値の高い製薬会社となりましたが、肥満症薬市場では当面、この2社による独占状態が続くとの見方が多いようです。
また、この肥満症治療薬の世界市場は、2030年には約770億ドル(約11兆円)を超える可能性があるといわれています。更にその先は、約1000億ドル(約15兆円)に膨らむという予測もあります。

このような数字を見ると、「ヘルスケアに先行投資を」という言葉を述べられた背景もわかるような気がいたします。
それだけ将来にわたっての需要があるということなのでしょうか。
やはり、糖尿病や肥満症の治療薬としてだけではなく、美容を目的とした「ダイエット」や「やせ薬」への関心の高さは、どの国に於いても特別ということかもしれません。

良いこと尽くめの肥満症治療薬ですが、ただ一つ、気を付けておかないといけないことがあるようです。
それは、米国の消費者600人を対象にした調査で、薬の服用を中止すると、体重が再び増加する「リバウンド」につながる可能性があるということがわかったことです。
薬の使用をやめた人の51%が、薬を使い始める以前より「食べる量が増えた」と回答しており、減量後の体重を維持するためには、長期的に薬を服用し続ける必要があるかもしれない、といった記事もありました。

最後にもう一つ、「ダイエット」薬についての、トラブル事例をご紹介させていただいて終わりたいと思います。
ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、2023年12月、国民生活センターより、「痩身目的等のオンライン診療トラブル」が公表され、注意喚起がなされています。

全国の消費生活センターなどに寄せられた、「美容医療のオンライン診療」に関する相談が、2021年度から2022年度は約4.2倍になり、2023年度も前年に比べ、半年で約1.7倍に増えているのです。
これもまたすごいことです。

相談事例としては、「ネット通販でダイエットサプリを購入しようと思っていたときにオンライン診療を知った。医師の処方であれば安心だと思い、オンライン診療を受け、2種類の薬を処方された。
処方された薬を調べると糖尿病治療薬で副作用があることがわかった。自分は糖尿病歴がないため不安になり、処方薬が届く前に解約の申し出をしたが、「1回目はキャンセルできない」と言われ、後日、薬が届いた。副作用の説明は受けておらず、1ヶ月分で2万円を超え高額なので返品したい。
などの事例が紹介されました。

このように、本来、糖尿病の治療薬として承認されている「GLP-1受容体作動薬」が、食欲を抑える目的で、副作用の説明が不十分なまま処方され、体調不良につながるケースが相次いで発生しています。
また、ダイエット目的の処方薬が意図せず「定期購入」になっていたというトラブル相談も目立つそうです。

○消費者へのアドバイスとしては、
・痩身目的等のオンライン診療を受診するときは、処方薬も含めて医師からしっかり説明を受けましょう。
・糖尿病治療薬は、痩身目的の使用に関して安全性と有効性は確認されていません。
・解約条件等について、申し込み前によく確認しましょう。
・トラブルにあった場合は、消費生活センター等に相談しましょう。
 ※消費者ホットライン「188(いやや!)」番へ

以上のような情報ですが、もし知らなければ、このようなトランブルに巻き込まれてしまうかもしれません。
何ごとも、100% 安全・安心なものはありません。
やはり、リスクとチャンスを比較した判断ができるよう、役立てていただくことができれば幸いです。

今回、薬に関する情報をお届けするにあたり、複眼的に「いろいろな立場・視点から物事を見たり考えたりする」ことが、とっても重要であると改めて感じました。
それは、薬を必要とされている患者とそのご家族、適切な処方をしてくださる医療関係者、優れた薬の開発に取り組まれている製薬会社、又、その支援をされている株主など、想像すると、立場や視点・価値観はそれぞれ異なるかも知れませんが、その目的は皆同じだと思えたからです。

それでは続きは次回、引き続き「薬」に関するお話しをさせていただきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い申し上げます(ふ)