人生を左右するエビデンス入門

さて、今回の話題は、「エビデンス」についてのお話です。

コロナ禍以降、真偽を確かめる方法として、「エビデンスが有るか無いか」、それをまず確認した方が良い、などといったフレーズでよく使われるようになった言葉ですが、元々は医療や科学の分野で使われていた専門用語です。

私たちは毎日、たくさんの情報に囲まれて暮らしています。
「この食品は体に良いらしい」
「この習慣で睡眠の質が上がるらしい」
「この方法ならストレスが減るらしい」

テレビや新聞、書籍に雑誌、SNS、動画、友人との会話などなど。
ありとあらゆるところで、何とはなく“良さそうな情報” が入ってきます。
けれども、その情報を受け取るたびに、こんな気持ちになることはないでしょうか。
「それって本当?」
「誰にとっていいの?」
「自分にも当てはまるのかな?」

そんなときに登場する言葉が、「エビデンス」です。
最近ではすっかり身近になった言葉ですが、聞くと少し堅苦しく感じる人もいるかもしれません。専門家だけが使う、むずかしい用語のように思えることもあります。
しかし今では少し身近な言葉に変わってきているように感じます。
エビデンスとは、証拠、根拠、裏付けを意味する言葉で、「ある主張や考えが正しいと示すための科学的な根拠・証拠」のことです。かんたんに言うと「そう言える理由や証拠は何?」に対する答えがエビデンスです。

エビデンスの意味は分野ごとで少し変わりますが、医療・創薬・ヘルスケア分野では、予防・健康への対策、薬や治療法、検査方法等の有効性を表す、科学的な根拠を指します。
例えば、「エビデンスがある薬」とは、よく効くことが研究によって確かめられている薬であると言うことです。またこれと同じように、「エビデンスにもとづく治療」とは、研究の結果、これが良いと証明されている治療、と言い換えることが出来ます。

今年に入ってのことですが、実は、このエビデンスの大切さ・奥深さをまざまざと突きつけられるような機会がありました。
それは、ひょんなことから、国立研究開発法人 日本医療研究開発機構、略称:AMED(エーメド)が主催するプログラム、「働く人のメンタルヘルス予防のためのヘルスケアサービスを選ぶワークショップ」に参加することとなったこと、それが衝撃的な体験だったからです。
AMEDは、日本の医療分野の研究開発およびその環境整備の中核的な役割を担う機関として2015年4月に設立され、医療・創薬・医療機器等、医療分野全体の「司令塔」として、基礎研究から実用化までを一貫して担っている国の機関です。

参加した勉強会は、働く人のメンタルヘルス(心の健康)の予防がテーマで、産官学医の各関係者が「~感覚から科学へ、医学会発指針で見極める~」 、といったワークショップを行う、かなり専門的なプログラムでした。

厚生労働省の調査・統計では現在、約半数の労働者が、仕事に強い不安、悩み、ストレスを感じており、およそ100万人が気分障害(うつ病、そううつ病)をかかえ、精神障害などの労災申請および認定件数は年を追って増加傾向にあります。
年齢を問わず、この「心の健康」問題への関心は高まるばかりで、先日訪問した、大阪城近くの大阪公立大学森之宮キャンパス(2025年9月開設)には、健康管理センター(保健室)と共に「メンタルヘルスセンター」が併設されていたことには大変驚かされました。

このように、メンタルヘルス予防には、近年さまざまな対策が示されているのですが、今回は、その中でも研究者が増え、エビデンスレベルの高いデジタル技術を用いた「デジタルメンタルヘルス(DMH)」による予防介入に焦点をあてたワークショップでした。
DMHとは、「デジタルプラットフォームを通じてアクセスされる、精神障害の予防・治療または人々のウェルビーイングを向上する全てのサービス」、のことで、産業精神保健領域において最近最も注目されている精神医療サービスです。
とくにその中でも、科学的根拠が得られる研究手法において、メンタルヘルス疾患の予防効果が多数報告されている、「デジタルヘルス・テクノロジー(DHT) 」を用いた介入事例について学びました。

資料には例えば、メンタルヘルス疾患の一次予防には、
〇デジタルヘルスアプリ(認知行動療法)のアプローチは有用か?
〇デジタルヘルスアプリ(マインドフルネス)のアプローチは有用か?
〇デジタルヘルスアプリ(ストレスマネジメント)は有用か?
〇歩行パラメーター等を利用した運動介入は発症予防に有用か?

など、有用性を問う質問に対して、それぞれ、日本の代表的な 8 つの学会による推奨文、推奨度、合意率、エビデンスの強さ、といった指針のほか、推奨度を判断するに至った研究資料も完璧です。
その中には、文献検索によって抽出された介入技法(件数)と論文の重複状況などの資料もあり、総論文数については、認知行動療法とマインドフルネスを用いたDHT介入は、それぞれ33件と特出して論文数が多いと感じました。

結果としては、以上の4つのDHTを用いた介入(アプローチ)については全て、「有用な効果がみられたため、働く人のメンタルヘルス一次予防に有効である可能性がある」と、まとめられていました。
今回の体験を通して感じた感想は、“これだけエビデンスがそろっていても、まだ「可能性がある」ですか?“、と突っ込みたくなるくらいの慎重さです。

その他、ケース問題として、あなたが企業担当者として、新たにヘルスケアサービスを導入するとすれば、どのサービスを選択するか、また、その判断に指針をどう活用したか、選定したサービスがいかに適切であるか、を上層部にプレゼンすることを想定して、選択のポイントをディスカッションするというグループワークもありました。

資料には、選択肢となる4つの既存サービスがありました。
A.主観的ストレスを軽減するセルフケア支援アプリ
B. HRV(心拍変動)トレーニング特化型バイオフィードバックサービス
C.ウェルビーイング向上に効果的な自宅での運動レッスン
D.ポジティブ心理学理論からAIが前向きな行動や思考を支援するアプリ

いずれもヘルスケア不調を防ぎ改善が期待できるサービスですが、それぞれ、概要、費用(1人当たり)、評価・実績といった詳細な情報や指針が記されています。
企業の状況に関する前提条件は、各グループで自由に設定できるのですが、どのサービスにもエビデンスがあり、その高低に基づいて選択をしなければならないのですが、指針で判断するということが難し過ぎて大変でした。
今回、正解はなかったのですが、このたびのワークで、予防介入の指針を参考にすること、科学的根拠に基づいた選択を心掛けることの大切さを、しっかりと学ぶことができました。

エビデンスの水準には、高いもの、低いもの、いろいろなものがある。
これも初めて知ったことですが、「エビデンスピラミッド」という三角形の図があることも、ここで知りました。
これは、医療や研究分野において、根拠(エビデンス)の信頼度を研究手法に基づいて階層的に表した図で、ピラミッドの下から上にいくほど、エビデンスの水準が高くなり信頼性が増します。
例えば、「このサプリを飲んだら体調が良くなった人がいた」という個人の体験(症例報告)は、一番下の低い水準のエビデンスとなります。

必要なのは、「エビデンスが有るかどうか」だけではなく、どの段階のエビデンスなのか、という視点です。「エビデンスがあるらしい」的なものには注意が必要です。
「専門家も注目」
「研究で明らかに」
「科学的に証明」

こうした誇張された言葉を見ると、ついつい信じたくなります。ですが実際には、「エビデンス」という言葉自体が、 “説得力を高めるための飾り” として使われることも多く、中身はかなりあいまいなことも少なくありません。
・ごく少人数の調査しかしていない
・短期間での一度だけの小さな実験である
・動物実験の段階なのに、人にもそのまま当てはまるように紹介している
・都合のよい結果だけを切り取っている
・AIで生成された情報

といったケースもあります。
情報が多い時代だからこそ、必要なのは、強い言葉に飛びつくことではなく、その根拠を静かに見極め選択する力です。
ですから、「エビデンスがある」と言われたら、それで思考停止するのではなく、「どの段階のエビデンスか?」を、一歩だけ立ち止まって判断することが大事です。
「誰がいつ言っているのか(出所・いつの情報か)」、「どのくらいの人に当てはまりそうか」、「自分にも合う条件か」など、少し意識して確認するだけでも、その真偽と見え方はかなり変わってきます。

エビデンスとは本来、もっと生活に近いもので、自分の生活の中でどう使うかです。難しい専門用語ではありません。
自分の暮らしをより良くするために、納得して選ぶための知恵でありヒントです。
今週はぜひ、何かの情報を目にしたとき、ぜひ一度だけ、こう問いかけてみてください。「それには、どんな根拠があるだろう?」かと。
その小さな問いが、あなたのQOLを高め、毎日を少しずつ確かなものにしてくれるはずです。(ふ)