断熱のススメ

さて、今週の話題は「断熱のススメ」です。

今やカーボンニュートラルに向けた動きが世界中で活発になっています。
日本では大型の太陽光発電所や風力発電所が続々と建設されて再生可能エネルギーが大量に導入され、今後は自動車の電動化などの脱炭素化が急速に進みそうです。
鉄鋼や化学といった温室効果ガスを大量に排出する産業界も、製造方法の転換や技術革新によるカーボンニュートラルの実現に、経営の軸足を移しています。

そうしたなか、日本での対策が遅れているのが家庭分野です。
家電の省エネ化や照明のLED化、太陽光パネルの設置、EV(電気自動車)の導入といった取り組みは進んできましたが、戸建て住宅やマンションの断熱や窓ガラスの二重化による脱炭素化はまだまだ改良の余地があります。
住居を断熱化すれば冷暖房によるエネルギー消費を大きく減らすことが可能です。

もう一つ、命に関わるメリットが住人のヒートショックによる不慮の事故の削減です。
ヒートショックは気温の変化によって血圧が上下し、心臓や血管の疾患が起こることで、脳内出血や大動脈解離、心筋梗塞、脳梗塞などの病気の原因になります。
ヒートショックが起きやすいのは冬季の浴室です。
暖かいや部屋から寒い脱衣場へ移動して衣服を脱ぎ、浴室へ入ると血圧は上昇します。
そして、お湯を張った浴槽に入ると急速に身体が温まるため、血圧が下降してヒートショックに見舞われるケースが多いそうです。
特に寒い家ほどお風呂のお湯の温度を高めにしている傾向があります。
そのため、お湯につかると一気に血圧が下がって気を失い、そのまま溺死してしまう方が多いのです。
冬に溺死者が多いのはそのためです。

2018年の厚生労働省人口動態統計の死因別統計によると、「不慮の溺死及び溺水」による死亡者数は8021人で、そのうち、浴槽内や浴槽への転落によるものはその7割にあたる5958人でした。
なんと約3000人前後の交通事故死者数の2倍もの死者数となっています。

さて、住居の断熱化は地球温暖化対策に貢献するばかりでなく、住人のQOL(生活の質)向上にもつながります。
住宅の断熱性能は、省エネや省CO2だけでなく、居住者の健康や快適性とも密接な関係を持ちます。

そうした観点から、欧米の多くの地域では日本にはない「最低室温規定」といわれる基準が定められています。
たとえばニューヨーク州では、賃貸住宅のオーナーに対して昼:20℃以上・夜:13℃以上の室温を保つことができる断熱性能を要求しています。
また、お隣のマサチューセッツ州では、昼:20℃以上・夜:17℃以上、ペンシルバニア州では、昼:18℃以上・夜:15℃以上と定められています。

WHO(世界保健機関)は、2018年に「住宅と健康に関するガイドライン」を発表しましたが、その中で健康リスク回避のために「暖かい室内環境」を強く勧告しています。
その冒頭では「住宅環境の改善は命を救い、病気を減らし、生活の質を高め、貧困を減らし、気候変動の影響を和らげ、SDGsの達成に貢献する。」という内容が語られています。
特に、「室内の寒さと断熱」というトピックでは、居住者を健康に対する悪影響から守るためには、家の室内温度は十分に高くあるべきであるとして、寒い季節に一般の人々の健康を守るために「安全でバランスのとれた室温」として、18℃が提案されています。
つまり、住む人の健康を守るためには、寒い時期でも室内温度は18℃以上を維持するべきであると、世界基準として発信されているのです。

それに対して、住宅の断熱性能が低い我が国では、リビング等は18℃以上を保てていたとしても、トイレや浴室等を含めた家全体を18℃以上に保てている家は、ごくわずかだと思われます。

これからはリビングのみといった部屋暖房ではなく、お風呂やトイレも含めた家全体が18℃以上を維持する全館暖房を目標として、まず低温の外気とを遮断してくれる効果のある窓ガラスの多重化などから取り組んでいただければQOLの向上につながるといえるでしょう。

また、コロナ禍の中、定期的な部屋の空気の入れ換えの必要性が謳われていますが、その際にも断熱効果のある窓ガラスの多重化などで、冷気に晒される時間の短縮に一役買うのではないでしょうか。

建て替えやリフォームを検討されている読者の皆さんは、断熱効果の高い建物を建てることによってカーボンニュートラルを実現してSDGsの推進に寄与するとともに、病気の発生につながる室温の差をなくして自分自身や家族のQOL向上が満たされる快適な生活の実現を目指しては如何でしょうか。