QOLとの出会いと、自分の介護への備え
さて、今回の話題は「QOLとの出会いと、自分の介護への備え」についてのお話です。
わたしが QOL という言葉を、しっかり意識たきっかけは、公益財団法人日本ケアフィット共育機構が実施している「サービス介助士」という資格を受検した時でした。
サービス介助士の必要性を学ぶ中で、「高齢者や障がい者が、より満足できる人生を歩むためには、QOLの向上が欠かせません」というお話がありました。
QOLとは、クオリティ・オブ・ライフの略語で、「生活の質」「生命の質」「生き方の質」などと訳されています。
現在のような超高齢社会では、加齢による病気や障がいによって、生きる勇気を失ったり、社会参加への意欲が薄れたりすることで、生活の質や生き方の質が低下してしまう場合があります。
そのためQOLは、人間としてどのように生きるのか、どのような目標を持つのかを示す言葉としても用いられています。
▉サービス介助士で学んだ「ケアをフィットする」考え方
サービス介助士とは、高齢者や障がいのある方など、多様な人が暮らす社会の中で、年齢や障がいの有無にかかわらず、誰もが社会参加できるように、その人、その場に合った方法で必要な手助けができる人を目指す資格です。
まさに「ケアをフィットする」ための学びであると言えます。
公式サイトを拝見すると、合格率は約80%ほどとされ、比較的挑戦しやすい資格ですが、これまでの資格取得者は何と約24万人以上にも上り、サービス業界の従事者を中心に大変人気のある資格です。
例えば、電車のホームで、駅係員の方が車椅子の乗り降りの際にスロープ板を渡して介助されている姿は、まさしくサービス介助士の学びが生かされている場面だと思われます。
サービス介助士の学習では、加齢や障がい、困りごとを自分事としてとらえ、知識・対話・実践を通して学びます。
そして、最も基本的な投げかけの言葉として学んだ、「お手伝いしましょうか?」という言葉は、手伝う気持ちがなければ出てこない言葉です。
きっと、その気持ちを行動に移せる人こそ、サービス介助士なのだと思います。
また、公益財団法人日本ケアフィット共育機構では、サービス介助士のほかにも、認知症介助士や防災介助士といった民間資格も実施されており、いずれも関心を持っていました。
というのも、わたし自身の私生活においても、父親ががんを患っていたり、母親に認知症の兆候が見られたりしていたことがあり、サービス介助の技術や介護への関心が、否応なく高まっていた時期でもあったからです。
さらに年齢的にも、ちょうど50歳代後半に差しかかっていました。
人生100年時代と言われる中で、このQOLという概念との出会いは、これからの後半の人生における、自分自身のライフワークに値するものだと感じた瞬間でもありました。
▉ジェロントロジー「創齢学」との出会い
さらに、受講の最初の講義では、サービス介助士としての学びの核となる、ジェロントロジー(創齢学)についても学ばせていただきました。
一般的には、「老年学」「老人学」「加齢学」などと呼ばれる学問です。
同機構ではこれを「創齢学」と表現し、自分の齢(よわい)や人生は自分で創りあげるもの、そのための学びとして考えましょう、と教えていただきました。
それは、「人とは何か」「生命とは何か」「加齢とは何か」「どのように死を迎えるか」などを探求する学問でもあります。
ジェロントロジー研究の第一人者である、アメリカの老年学者アンセロは、2004年に、長寿を否定的にとらえるのではなく、前向きに肯定的に考えるために、長く生きることで得られる時間を、「時の賜物(たまもの)」と表現しました。
寿命が延びたことを、時間という贈り物を頂戴したととらえ、その時間を充実して過ごそうという考え方です。
私たちに問われているのは、このプレゼントされた時間に、どのような価値を見いだすかなのです。
超高齢社会の現代において、加齢による心身機能の変化は誰にでも起こることであり、誰もがたどる道でもあります。
この時の学びは、何を目標として生きるのかを、自分事として考えるきっかけにもなりました。そして一番の収穫は、QOL向上につながる行動こそが、ウェルビーイング(心身の健康と幸福)の実現にとって、とても大切だと気づかされたことでした。
それから十数年が経ち、あらためて介護という言葉が身近になりました。
きっかけは、幼なじみの親友が脳卒中で倒れ、あっという間に寝たきりの生活を余儀なくされたことでした。
リハビリや医療ケアに関するセミナーに参加したり、関連する本を読んだりしましたがどうにもなりません。それは人ごとではなく、自分事として考えなければならないと気づかされる、衝撃的な出来事でもありました。
そんな中、ある書店でタイトルに惹かれて手に取った本の一つが、『自分の介護』という書籍でした。
この本は、淑徳大学教授の結城康博さんが執筆されたものです。
結城さんは、長年にわたり実際に介護関連の仕事に従事されてきた経験をお持ちの方で、今の介護業界の状況と、今後認識しておかなければならない備えについて、コンパクトで分かりやすくまとめられていました。
本の帯には、「あなたを看るのは 看取るのは誰?」という、考えさせられる言葉が書いてありました。
▉年齢とともに変わる、介護との向き合い方
男女に関係なく、一般論としての介護年表では、次のように整理されています。
〇65歳
親が亡くなり、生活が落ち着いた後、多くの人が自身の介護について向き合うことが可能となる年齢です。
特に、定年や再雇用を終えていく時期でもあり、自身の老後、そして介護について真剣に考える時期になります。
〇70歳
一部を除き、親御さんの介護が終わる年齢になります。
〇75歳
要介護者となる同世代の話を耳にするようになる年齢になります。
〇80歳
介護施設に入る人も少なくなく、施設介護を考える時期となります。
〇85歳
存命していれば、自身が要介護状態となっている可能性が十分にある年齢です。
〇90歳
存命していれば、かなりの確率で要介護状態となっている年齢です。
厚生労働省から3年ごとに発表される、最新の健康寿命(令和4年値)は、男性が72.57歳、女性が75.45歳となっています。
健康寿命とは、日常生活に制限のない期間の平均年数のことです。
医療・介護サービスに頼らず、日常生活に大きな支障なく生活できる期間を意味します。
また、平均寿命は男性81.05歳、女性87.09歳ですので、その差は約8年から12年ほどとなります。
平均寿命と健康寿命の差は、短ければ短いほど、健康的で理想的な老後を送れていることを意味します。
反対に、この差が長ければ、医療・介護サービスを利用する期間が長くなるということでもあります。
しかしながら、先ほどお話したわたしの親友のように、介護はある日突然訪れることもあります。
高齢社会白書の統計資料を見ると、65歳以上の方が要介護者となる主な原因は、認知症、脳血管疾患(脳卒中)、骨折・転倒と続きます。
このうち、特に予期せぬ形で「介護が急に訪れる」要因となりやすいものが、脳血管疾患と骨折・転倒です。
また、予期しなかった病気や事故によって、生活が急に変わる可能性は誰にでもあります。
今はまだ介助も介護も必要な状態ではありませんが、いつ何時、ADL(日常生活動作)を保つための支援が必要な要介護状態になるかは、誰にも分かりません。
今後、超高齢化・少子化がさらに進む中で、これからは介護保険があっても、サービスを使えない時代が到来するという、衝撃的な介護の実態も浮き彫りになっています。
その最も大きな課題は、毎年、要介護・要支援認定者数が増え続けているにもかかわらず、介護関係職種の人材がまったく追いついておらず、人材不足が深刻になっていることです。
初めて知ったのですが、介護保険サービスは、厳密に言うと「福祉」サービスではなく、社会保険制度です。
そのため、「契約」をしてくれる介護事業者がいなければ、介護サービスを受けることはできないということでした。
▉「支えられ上手」な高齢者になるために
『自分の介護』の中には、例えば「嫌われる家族・嫌われない家族の境界がある」という目次のページがありました。
介護現場では今、利用者やその家族からのハラスメントが深刻化し、問題となったり、介護職員の離職につながったりする事例が多く出ているようです。
先日も、介護職員の方のお話を伺う機会がありました。
その中で、今の体制では十分な介護ができず、申し訳なさそうにされている場面もありました。
しかし、介護はお互い様でもあります。
わたし自身も、いつか「自分の介護」が必要になるかもしれません。
だからこそ今から、「支えられ上手」な、愛嬌のある高齢者になっていきたい。
そう思わずにはいられない機会となりました。(ふ)


