線虫でガン検診

さて、今回のお話しは「線虫」の話題です。

線虫という小さな生き物がいます。
その多くは土の中にすみ、野菜の形を悪くするなどと害虫扱いされますが、モデル生物として幅広い研究の対象にもなっています。
実は近年の研究で、この線虫が驚異的な能力を持っていることがわかってきました。
線虫は「線形動物」というひも状の生物です。
ヒトに寄生する回虫や、海産物にいる食中毒を引き起こすアニサキスなど、膨大な種類がいると考えられています。
細胞の数が約1000個と少ないわりに、口や神経、生殖腺などの基本的な生物的構造を持っています。
そして、透明で体内が観察しやすいうえ、数日で大量に培養が出来ます。
1960年代からはこのような特色を活かしてモデル生物に使われるようになっています。
また、近年注目されているのがその優れた嗅覚です。
秘密は遺伝子の数にあります。
線虫にはにおいを感じる機能を持つ遺伝子が1276個もあります。
これはヒト(396個)の約3倍、イヌ(811個)の約1・6倍もの数になります。
このため、線虫はさまざまな化学物質を検知できます。
土の中で餌を探したり、危険な病原性の細菌などから逃げたりする上で欠かせないからだとみられています。
なんと、発酵臭の一つ「ジアセチル」においては、濃度で1万分の1ほどのわずかなにおいでさえも嗅ぎ取れるというから驚きです。

HIROTSUバイオサイエンスは、ヒトの尿から線虫の優れた嗅覚を用いることで「早期すい臓ガン」を特定することに成功したと11月16日に発表しました。
すい臓ガンは早期発見が非常に難しく、国立がん研究センターの統計によれば年間3万人がすい臓ガンによって亡くなっています。
すい臓ガンに特化した検診も確立されておらず、有効な検査の開発・実用化が望まれていたといいます。

同社はすでに自宅で尿を採取するだけでガンの一次スクリーニング検査が可能な「N-NOSE(エヌノーズ)」を2015年から販売しています。
こちらも線虫の嗅覚を利用したもので、ガン患者の尿の場合は線虫が集まっていくことを利用したものです。
ただ、従来のN-NOSEは15種類のガンに反応することがわかっているものの、どのガンかの特定までは至りませんでしたが、今回同社では遺伝子組み換え技術を用いて“すい臓ガンの匂いにのみ特別な反応を示す”特殊線虫を創ることに成功したとしています。
同社が実用化したように、線虫の嗅覚を応用したガン検査は知られていますが、“ガンの匂いのもとになる化学物質”の同定は医学界でも特定に至ってはいませんでした。
そこで同社は、匂いの受容体に着目。
「cr-4遺伝子」がすい臓ガンの匂いの検知に関与していることを特定し、その受容体を欠損した線虫株を作製。
すい臓ガンの匂いにだけ反応せず、尿から逃げていくように行動する特殊線虫を作り出すことに成功したということです。
「cr-4すい臓ガン特定株」(cr-4を欠損した線虫)が、すい臓ガンの匂いから逃げていく要因について同社では「元々のN-NOSEに使用している線虫は、健常者の方の尿の匂いからは逃げ、ガンの匂いには近づきます。
“cr-4すい臓ガン特定株”は、すい臓ガンの匂いを感じることができず、健常者の尿から逃げるのと同じように逃げているのだと考えられます」としています。

今回開発した特殊線虫は、すい臓ガンとそれ以外のガン種を識別する能力が非常に高く、ガンか健常者か見分ける精度である感度においてはなんと驚きの100%です。
また、すい臓ガンと他のガン腫とを見分ける精度である特異度においても91.3%となっています。
同社は「現在提供しているN-NOSEにおいて検査システムは確立されているため、基礎検討・臨床研究の結果を受けてからすぐの実用化が可能となり、2022年後半よりも早い時期での実用化を目指しています」と早期実用化に意欲を見せています。

このニュースは、超音波エコーでの検診で発見しづらいすい臓ガンの早期発見に道を開くものとなり、健康寿命の延伸に期待が持てることでしょう。

結果として、私たちのQOL向上への応援団になってくれることは間違いありませんが、1㎝足らずの線虫が私たちの長命を支えてくれることを考えれば、人類ももう少しお互い様の精神でもって環境への配慮をする必要がありそうに思うのは私だけではないでしょう。
人類だけの繁栄といったエゴではなく、宇宙船地球号の全ての乗組員へ目配せが出来る人類へ脱皮出来ればいいなあと、線虫によるすい臓ガン早期発見のニュースを見て感じさせられました。
線虫という小さな生き物の話から、宇宙船地球号といった大きな話になってしまいましたね。
読者の皆さんも、ちょっとしたニュースやトピックスが、どのように私たちのQOLと如何に関わるかを考えてみてください。そしてそこからの「気付き」を大切にしていただき、日々のQOL向上に役立てていただければ幸いです。