老化細胞とは?
さて、前回はオートファジーという生命維持システムのお話しをしましたが、今回は、ヒトの寿命に密接に関係する「老化細胞」と呼ばれている細胞のお話しをします。
人の各組織における分裂細胞は、そのすべてにおいて老化します。
動物の体を構成している各細胞は、限られた回数しか分裂・増殖することができないと言われています。
ある細胞の分裂の限界を分裂の寿命といいますが、この法則を発見したアメリカの科学者の名前にちなみ、「ヘイフリックの限界」とも呼ばれています。
例えば、ヒトの胎児から採取した細胞の限界は、およそ50回です。
そして限界まで分裂した細胞を「老化細胞」と呼びます。
老化細胞になると、増殖する能力は元に戻ることができません。
仮に増殖を促す処理を施したとしても、再びその細胞が分裂を始めることはないのです。
それ故、老化した細胞は、がん、糖尿病、加齢といった多くの生理的、病理的プロセスに影響を及ぼしていると言えます。
正常細胞の場合、ある一定回数分裂をするとその後は分裂のスピードが非常にゆるやかになることが知られています。
分裂回数が増えなくなった点がこの細胞にとっての限界であり、細胞の老化であると考えられます。
それでは、加齢によって細胞はどのように変化するのかを見ていくことにしましょう。
まず最初に現れる現象としては、細胞内に存在していて、私たちが活動するためのエネルギーを作り上げる「ミトコンドリア」の質が低下します。
それに伴い、活性酸素を消去する酵素の量が減少し、活性酸素の除去が遅くなります。
その結果、細胞へ直接的にダメージを受ける機会が増えてしまいます。
この一連の変化が全身の多くの細胞で起こることで、細胞数の減少や機能の低下が見られるようになります。
では、細胞老化の原因としくみについて深掘りしていきましょう。
細胞の老化は、前述したように「ヘイフリックの限界」を迎えた時点でスタートしていきます。
この「ヘイフリックの限界」を決める要因として、染色体の末端に存在する「テロメア」と呼ばれる構造が注目されています。
この「テロメア」は、染色体の末端を保護する役割を持つと考えられていて、細胞が分裂するたびに、その長さが短くなっていきます。
これが細胞における寿命時計の一つとして機能し、「テロメア」がある程度短くなるところまで細胞分裂が行われると、細胞の老化が始まることが明らかになってきました。
余談になりますが、私がこの「テロメア」を知ったのは、テレビアニメで放映されていた「機動戦士ガンダムSEED」です。
その時の話しでは、クローンの登場人物が「テロメア」に欠陥があるため、命の回数券と呼ばれる「テロメア」が短く、人より早く老化してしまうということで、当然ながら寿命も人よりも短いということがあったのを覚えています。
アニメと言えども、最新の研究に基づくしっかりとしたエビデンスがあるんだなあと驚いたことがありました。
しかし、「テロメア」のような寿命時計のシステムがあるにも関わらず、ヒトの体の中には細胞の老化に関係なく無限に増殖する細胞が存在していることがあります。
そう、がん細胞です。
がん細胞では多くの場合、「テロメア」の末端を伸長させる「テロメラーゼ」という酵素の活性の亢進(病勢などが高い度合いまで進むこと)が確認されています。
また一方、最近の研究では様々なストレス(酸化ストレス、放射線、がん遺伝子の異常活性化など)が原因となって、細胞老化が誘導されることが示されています。
このことから、細胞老化は細胞の異常な増殖を防ぎ、がんの発生を予防する、生体の防御機構のひとつだと考えられるようになりました。
こういったヒトの身体の中に備わっている防御システムには、ほんとに神秘的で驚かされます。
それでは、細胞老化による症状にはどういったものがあるのでしょうか。
老化細胞は、体内に比較的長く存在し続ける細胞です。
加齢に伴って、生まれた時から存在する細胞が老化細胞に変化していきますので、次第にその量は増えていきます。
老化細胞からは、炎症性サイトカイン(炎症を促進する働きを持つ細胞間の情報伝達を担うタンパク質の総称)などが分泌されていることが近年明らかになっており、加齢により蓄積される老化細胞が、臓器や組織の機能低下を引き起こし、さまざまな加齢性の疾患をもたらす誘因となっていることが考えられています。
このメカニズムは、マウスを用いた実験でも明らかとなっています。
ある程度の老化細胞が蓄積したマウスから、老化細胞を取り除くと、臓器や組織の機能改善が見られています。
また、細胞が老化することで、細胞が作り上げている臓器の老化も見られるようになります。
臓器レベルでは、次の2つのパターンが考えられています。
ひとつめは、脳及び神経や心筋の細胞などについては、最初からほとんど分裂する機能を持っていないため、細胞の破壊によって直接臓器の老化につながってしまうことが挙げられます。
ふたつめとしては、これ以外のほとんどの臓器においては臓器を構成するそれぞれの細胞が約50回の分裂を終え、「ヘイフリックの限界」を迎えることで、臓器全体が老化するといったパターンがあります。
実際には、臓器の老化は「臓器の機能低下」といった形で現れます。
例えば胃が老化すると、胃壁細胞からの胃酸分泌量、主細胞からのペプシノーゲン(胃の粘膜で生成される消化酵素のペプシンを作る物質)分泌量が低下するだけではなく、消化管運動も低下してくることがそれを物語っています。
こうした細胞の老化に対して何か対策はないのでしょうか。
いいえ、私たちが毎日口にする食材に、老化防止効果があるものがありますのでご紹介しましょう。
具体的には、赤ワイン、緑茶、紅茶、ウーロン茶、ココア、チョコレート、大豆製品、かんきつ類、ゴマなどがあります。
これらの食品には、ポリフェノールという栄養分が含まれています。
ポリフェノールは身体を若く保つ働きを持っています。
細胞を活性酸素から守る働き、いわゆる抗酸化作用をポリフェノールは持っているため、老化防止ができるといえます。
今後は、研究が進んでいる老化細胞除去薬により、加齢と関連した疾患の進行を遅らせたり、予防したり、緩和したり、逆行させたりする物質を発見または開発することができれば、アルツハイマー病を含むさまざまな加齢関連疾患での検証やヒトへの臨床応用が期待されることが考えられます。
生活習慣病やアルツハイマー病などの加齢関連疾患が発症・進展する原因のひとつとして、加齢や肥満による代謝ストレスが挙げられます。
加齢やストレスによって、組織に「老化細胞」が蓄積し、それによって引き起こされる慢性炎症が、加齢関連疾患の発症・進展に深く関与していることが明らかになってきました。
このように加齢関連疾患と「老化細胞」との関連に関してもドンドンと研究が進んでいますが、残念ながら一朝一夕には求めている結果は成し得ません。
ただ、今後の進展には光明がありますので、大いに期待したいと考えています。
そして、医学的な研究は研究として専門家に進めていただきながら、私たちは私たちとして私たちの身体の中で起こっている「老化」というシステムを正しく理解した上で、「老化細胞」を増やさない日常生活を送り、蓄積させないような意識を持ち続けて行動することが、読者の皆さんのQOLを向上させることに繋がって行くことでしょう。(ま)