大切なオーラルケア

さて、今回の話題は、大切なオーラルケアについての話しです。

2022年に国が公表した骨太の方針の中に「国民皆歯科健診」の導入を検討する方針が大きな話題を呼びました。
どうして今「国民皆歯科健診」が議論される俎上に上がったのか、そして大きく関連しているオーラルケアが重要視される点にスポットを当ててみて深掘りしてみたいと思います。

それでは、「国民皆歯科健診」についてみていきましょう。
「国民皆歯科健診」事業の目的は、健康な歯を長期にわたり維持していくことで健康増進・健康寿命の延伸が進んで、その結果として歯の健康を守る人が増えることで医療費の削減を目指しています。
実は、お口の健康は全身の健康と関係があります。
歯科健診を全国民が受診すると、誤嚥性肺炎・糖尿病・心臓病など全身疾患の予防に繋がるとされています。
歯を失う多くの原因である『虫歯』『歯周病』を予防することで上記の全身疾患の病気の予防できる可能性があり、結果的に毎年1兆円ずつ増え続けていると言われている医療費の削減が期待されるのです。
今の医療は、「病気になってしまってからそれを治すことより、病気になりにくい心身を作る。病気を予防し健康を維持する」という『予防医学』といった考え方にシフトしていく方向性をもっていますので、「国民皆歯科健診」もこの路線に沿ったものだといえます。

では、続いては「国民皆歯科健診」によって駆逐しようとしている歯周病についてをみていくことにしましょう。
歯周病の原因となるのは、歯垢と呼ばれる細菌です。
歯垢というのは、歯磨きが不十分な部分に付着するネバネバした黄白色の粘着物です。
この歯垢は時間とともに量が多くなり、酸素が少ない状態になると歯垢の中で酸素を嫌う嫌気性菌が多くなります。
嫌気性菌が歯肉に攻撃を仕掛けて身体の中に侵入しようとし、身体はそれをさせまいと菌をやっつけて侵入を抑えようと攻撃します。
これが、歯周病のはじまりで、歯肉からの出血・発赤・腫脹などの炎症の症状を起こします。
この中でも、出血は歯周病菌と白血球の戦いの証です。
出血をそのままにしておくと、歯垢は歯周ポケットの中に潜り込み、どんどんと歯周組織を破壊していき炎症を繰り返します。
歯周病が起こるということは、口の中で常に炎症が続いているということの現れです。
その際、炎症によって出てくる毒性物質が歯肉の血管から全身に入って、様々な病気を引き起こしたり悪化させる原因となります。
炎症性物質は、血糖値を下げるインスリンの働きを悪くさせたり(糖尿病)、早産・低体重児出産・肥満・血管の動脈硬化(心筋梗塞・脳梗塞)にも関与しています。
また、歯周病菌のなかには、誤嚥により気管支から肺にたどり着くものもあり、高齢者の死亡原因でもある誤嚥性肺炎の原因となっています。
歯周病菌のひとつには、アルツハイマー病悪化の引き金をもつ可能性が示唆されているものもあります。

では、歯周病で引き起こされる病気を検証していくことにしましょう。
まずは、狭心症や心筋梗塞です。
この病気は、動脈硬化により心筋に血液を送る血管が狭くなったり、ふさがってしまい心筋に血液供給がなくなり死に至ることもある病気です。
動脈硬化は、不適切な食生活や運動不足、ストレスなどの生活習慣が要因とされていましたが、別の因子として歯周病原因菌などの細菌感染がクローズアップされてきました。
歯周病原因菌などの刺激により動脈硬化を誘導する物質が出て血管内にプラーク(粥状の脂肪性沈着物)が出来て血液の通り道は細くなります。
プラークが剥がれて血の塊が出来ると、その場で血管が詰まったり血管の細いところで詰まって血行障害を引き起こして、狭心症や心筋梗塞へ繋がっていきます。

次は脳梗塞です。
脳の血管のプラークが詰まったり、頸動脈や心臓から血の塊やプラークが飛んで来て脳血管が詰まる病気です。
歯周病の人はそうでない人の2.8倍脳梗塞になり易いと言われています。
血圧、コレステロール、中性脂肪が高めの方は、動脈疾患予防のためにも歯周病の予防や治療はより重要となります。

次は、歯周病と糖尿病についてです。
歯周病は以前から、糖尿病の合併症の一つと言われてきました。
実際、糖尿病の人はそうでない人に比べて歯肉炎や歯周炎にかかっている人が多いという疫学調査が複数報告されています。
さらに最近、歯周病になると糖尿病の症状が悪化するという逆の関係も明らかになってきました。
つまり、歯周病と糖尿病は、相互に悪影響を及ぼしあっていると考えられるようになってきたのです。
歯周病菌は腫れた歯肉から容易に血管内に侵入し全身に回ります。
血管に入った細菌は体の力で死滅しますが、歯周病菌の死骸の持つ内毒素(細菌が死滅しても残る細菌の細胞壁に含まれる毒物)は残り血糖値に悪影響を及ぼします。
血液中の内毒素は、脂肪組織や肝臓からのTNF-αという物質の産生を強力に推し進めます。
その結果として、TNF-αは血液中の糖分の取り込みを抑える働きもあるため、血糖値を下げるホルモン(インスリン)の働きを邪魔してしまうのです。
歯周病を合併した糖尿病の患者さんに、抗菌薬を用いた歯周病治療を行ったところ、血液中のTNF-α濃度が低下するだけではなく、血糖値のコントロール状態を示すHbA1c値も改善するという結果が得られています。

続いては誤嚥性肺炎です。
誤嚥性肺炎とは、食べ物や異物を誤って気管や肺に飲み込んでしまうことで発症する肺炎です。
肺や気管は、咳をすることで異物が入らないように守ることができます。
しかし、高齢になるとこれらの機能が衰えるため、食べ物などと一緒に口の中の細菌を飲み込んでしまい、その際むせたりすると細菌が気管から肺の中へ入ることがあります。
その結果、免疫力の衰えた高齢者では誤嚥性肺炎を発症してしまいます。
特に、脳血管障害の見られる高齢者に多くみられます。
誤嚥性肺炎の原因となる細菌の多くは、歯周病菌であると言われており、誤嚥性肺炎の予防には歯周病のコントロールが大変重要になります。

最後は骨粗鬆症です。
骨粗鬆症は、全身の骨強度が低下して骨がもろくなって骨折しやすくなる病気で、日本では推定約1,000万人以上いると言われています。
そして、その約90%が女性です。
骨粗鬆症の中でも閉経後骨粗鬆症は、閉経による卵巣機能の低下により、骨代謝にかかわるホルモンのエストロゲン分泌の低下により発症します。
エストロゲンの分泌が少なくなると、全身の骨がもろくなるとともに、歯を支える歯槽骨ももろくなります。
また、歯周ポケット内では炎症を引き起こす物質が作られ、歯周炎の進行が加速されると考えられています。
多くの研究で、骨粗鬆症と歯の喪失とは関連性があると報告されています。
したがって、閉経後の女性は、たとえ歯周炎がなくても、エストロゲンの減少により歯周病にかかりやすく、広がりやすい状態にあると言えますので要注意です。

では、歯周病を防ぐためのオーラルケアにはどういったものがあるのかを
みていきましょう。
◯食物残渣(食べかす)の除去
 口の中に食べかすや汚れが多い場合には、ブラッシングを始める前にス
 ポンジブラシで汚れを取り除くとよいでしょう。 
 軽く湿らせて水分を絞ったスポンジブラシを、食べかすが残りやすいほ
 おの内側(ほおと歯茎の間)の粘膜などに当て、くるくると回して絡めと
 って粘膜の掃除を行います。
◯歯垢の除去
 日常的には歯ブラシで行うことが多いですが、特に歯と歯の間はハブラ
 シの後にデンタルフロスを使うと、歯垢の除去率が約1.5倍になります。
 歯垢が石灰化した歯石は表面がでこぼこしているので細菌がつきやすく、
 むし歯、口臭、歯周病などのリスクを高めます。
 もしも歯石がついてしまったら自分自身では中々摂りにくいため、歯科
 医院で早めに取り除いてもらいましょう。
◯舌苔(舌表面に付着した上皮から剥れた垢)の除去
 舌ブラシ(またはやわらかい歯ブラシ)を使用することが効果的です。
 少しずつ横に移動して、奥から前方へ3回程度軽い力でかき出します。
 やさしく奥から前へ舌苔を除去します。
◯口腔内マッサージ
 口の中の筋肉や組織を柔らかくし、血行を促進するための手技です。
 特に、顎関節や口周りの筋肉をマッサージすることで、リラックスや痛
 みの軽減を図ります。
◯舌の運動
 舌の筋肉を動かすトレーニングをすると、口周りにある唾液腺が刺激さ
 れて唾液の分泌が促されます。
 唾液には殺菌作用・自浄作用・抗菌作用などがあり、唾液の分泌で口内
 が清潔に保たれ、むし歯・歯周病・口臭などの予防効果が期待できます。
◯唾液腺マッサージ
 顎下腺・耳下腺・舌下腺を軽い力でゆっくりとマッサージすると、歯周
 病のリスクを抑える唾液がじわっと出て来ます。

毎日実践しているオーラルケアですが、それを怠ってしまうことで生命を脅かす病気に罹ってしまうリスクをはらんでいます。
歯周病の予防・治療を行うことで、全身の様々な病気のリスクを下げることが可能となりますので、日々の歯磨き・口腔ケアを見直し全身の健康につなげましょう。
口腔機能と口腔内環境の改善を図ることは、健康の維持・増進とともに、生きる意欲にもなります。
食事は人にとって、最も楽しみなことのひとつです。
オーラルケアの目標は、その楽しみである食事を「口から美味しく食べる」ことができるようにし、QOLの向上や尊厳ある人生を支援することに繋がっていくといえます。
オーラルケアでQOLの向上を目指しましょう!(ま)