「ランドパワー」と「シーパワー」
読者の皆さんは「ランドパワー」と「シーパワー」という言葉をお聞きになったことがあるでしょうか?
今回の話題は、私たち自身のQOLだけでなく、子どもや孫のQOLや生涯に関わり、もっと大きい話しとなれば日本と言った国の将来についての話となります。
少し難しくてとっつきにくいなあと感じられるかも知れませんが、QOLに直結することですのでお付き合い願えれば幸いです。
まず「ランドパワー」と「シーパワー」というのはどういったことを表しているのかを紐解きましょう。
「ランドパワー」と「シーパワー」ですが、国家が軍事・経済力をどこで主に発揮するのかを示す地政学の概念で、前者は大陸が活動の主たるフィールドで、軍事的には陸軍が中心となっています。
また後者は海洋が活動の主たるフィールドになるので、軍事的には海軍が中心となっている国家像を指しています。
基本的な意味と定義ですが、「ランドパワー」は、広大な陸地の支配を通して陸軍力、内陸交通を重視する国家像を持っていて、例としては、ロシア、中国、ドイツなど大陸国家が典型とされています。
対して「シーパワー」は、海上交通・海軍力・海洋貿易を通じて影響力を発揮する国家像を持っていて、例としては、イギリス、アメリカ、日本など海軍力と海上交通に依存する海洋国家が挙げられます。
また近年では、中国は「ランドパワー」と理解されていましたが、陸と海の両方に目を向けて各々を強化する複合型と言える動きもあり、単純分類は難しくなっています。
「ランドパワー」と「シーパワー」を語る上では、「地政学」といった概念をまず理解することが大切です。
それでは先ずはこの「地政学」から見て行きましょう。
「地政学」は、国際政治を考察するにあたって、国家の安全保障や外交を「地理的条件(位置・地形・資源・海洋など)」と結びつけて分析する考え方・理論のことです。
地図を前提にして、どの国がどこを重視し、なぜ対立や協調が生まれるのかを読み解く枠組みとして使われます。
地政学の基本的な意味は、国家は移動できない「場所」に縛られているという前提に立って、その地理的条件が軍事・経済・外交戦略に大きな制約と機会を与えるとの考え方で、これをベースに国際政治を、地図と結びつけて理解しようとする視点や理論の総称と言えます。
「地政学」は、具体的には次のようなことを分析する学問です。
○海峡・運河・シーレーン(一国の通商上・戦略上、重要な価値を有し、
有事に際して確保すべき海上交通路のこと)など要衝の戦略的重要性
○資源(エネルギー・鉱物・食料)の分布と争奪
○大国同士の勢力圏や緩衝地帯の形成
○島国・大陸国家・内陸国などの地理的特徴と安全保障
それでは「地政学」の理論の中で20世紀の初頭に提唱された有名な「ハートランド理論」と「リムランド理論」を紹介しましょう。
イギリスの地理学者である政治家マッキンダーが提唱した「ハートランド理論」は、ユーラシア大陸の中心部(ハートランド)を最重要地域と位置づけ、この地域を支配する国が世界を支配する可能性が高いと論じました。
一方、オランダ系アメリカ人の地政学者スパイクマンが提唱した「リムランド理論」は、ハートランドを取り巻く周辺地域(リムランド)の地政学的重要性を強調し、これらの地域の安定が世界の平和に不可欠であるとしました。
では、歴史的な事象に照らして見てみることにしましょう。
2022年に始まったロシアによるウクライナ侵攻は、リムランドに位置するウクライナが、ハートランドに位置するロシアの勢力拡大の試みに直面している出来事だと解釈できます。
この侵攻は、「リムランド理論」が指摘するとおり周辺地域であるリムランドの安全保障が、ハートランドの野心により直接的に脅かされること、そしてリムランド地域の国々の連携が地域の安定に極めて重要であることを浮き彫りにしました。
ウクライナ情勢は、20世紀初頭の地政学的な理論が、21世紀の現代の国際政治においても重要な洞察を提供していることを示しています。
言うまでもなく、ロシアの行為はウクライナの主権を踏みにじる「力による現状変更」の試みであり、地政学的な「ハートランド理論」を持って全くもって正当化できるものではないことを強く申し上げておきます。
さあ「地政学」を紐解きましたので、ここからは本題の「ランドパワー」と「シーパワー」を深掘りしていきましょう。
地政学用語の中でも最も重要なのが、「ランドパワー」と「シーパワー」という言葉です。
繰り返しになりますが、陸続きで他国と国境を接している中国やロシアのような大陸国家は「ランドパワー」、島国の日本やイギリスのように長い海岸線をもつ海洋国家は「シーパワー」と呼ばれます。
実は大きな国土を有するアメリカは、「シーパワー」の国になります。
「アメリカも島国?」という感じもしますが、国土の東西に海があり、海岸線が長く、大陸国境に紛争のリスクがないため、地政学上ではアメリカを大きな島とみなされています。
「ランドパワー」は陸続きで国が接しているために、古くから国境を越えて陸づたいに侵略したり、侵略されたりしてきた歴史をもっています。
一方、「シーパワー」は周囲を海に囲まれているので、侵略されることは多くありません。
このような歴史的経験から、島国には島国なりの考え方、大陸国家には大陸国家なりの考え方をもっていると考えられます。
日本のような「シーパワー」と、中国のように多くの国と国境を接している「ランドパワー」では、自ずと自分たちの土地をどう守るかという考えも当然変わってきます。
地理的条件によって、その国の考え方が全く異なってくるということを十分に理解する必要があります。
最近地政学を扱うテレビ番組やネットなどでよく分かる例があります。
上が北で下が南のよく目にする世界地図ではなく、中国から日本列島を見た場合の地図が紹介されているのをご覧になったことはありませんか。
これを見れば、まるで包み込まれるような形で北海道から沖縄まで日本列島が横たわっていて、中国のある大陸から外洋へ出ささないような位置取りに見えませんか?
見る角度を変えた結果、そこから受ける感じ方が異なることで日本と中国の考え方も変わってくることが理解できるのではないでしょうか。
世界の歴史を振り返ってみると、この「ランドパワー」と「シーパワー」は、交互に入れ替わるように力を持ってきたことがわかります。
15世紀ごろまでは航海技術が未発達だったので、陸つづきで動き回ることの出来る「ランドパワー」が優位でした。
紀元前4世紀にマケドニア(古代ギリシャ)から東方遠征によって巨大な版図を築いたアレクサンドロス大王の帝国や、紀元前3世紀から400年にわたって続いた中国の漢帝国など、古代には「ランドパワー」が優勢でした。
また、その後2世紀頃に最大版図を確立したローマ帝国は、地中海限定ながら「シーパワー」の覇権国家に分類されています。
中世においては、チンギス・ハンに代表されるモンゴル帝国が、ユーラシア大陸一帯を支配したのがその代表例と言えます。
その後近世になってからは様相が一変します。
航海術を発達させたポルトガル、スペイン、オランダ、イギリスが大海原に乗り出していき、世界各地に植民地を建設。
強大な「シーパワー」により、相次いで覇権国となっていきました。
特に1815年のナポレオン戦争終結から1914年の第一次世界大戦までは、海洋国イギリスが世界中に領土をもち、「太陽の沈まない国」ともてはやされました。
しかし19世紀になって鉄道が登場し、陸上輸送網が発達するとロシアやドイツなどの「ランドパワー」が台頭してくるようになります。
そして20世紀後半には、これまでめまぐるしく主導権が変わりましたが、強力な海軍力を持ったアメリカや、船舶による貿易の伸長で経済発展を遂げた日本が成長して「シーパワー」の時代が到来することになります。
このように地政学的視点を持って歴史を振り返ると、これからの世界のことがより鮮明にとらえられるようになります。
現代においては地理的な制限から「ランドパワー」と「シーパワー」のそれぞれにおいてその国独自の考え方がそれなりにある中で、どう落としどころを探していくかが求められていると言えます。
また、「ランドパワー」や「シーパワー」と言っても、それぞれの国や地域には個性があります。
現在はアメリカが強大な海軍力を背景とし、自国通貨のドルによる決済を世界各国が行うことで世界の覇権を握っている状況だと言えます。
しかしそこに急激に経済力を伸ばしてきた「ランドパワー」の代表国のひとつであった中国が割って入ろうとしています。
中国はアメリカに対抗するため、海軍力を向上させて「シーパワー」も手に入れて、アメリカやその同盟国の日本などに押さえ込まれてきた海上活動を広げようとしています。
また、一帯一路政策で、ドルではなく人民元を主要通貨とする経済圏を構築しようと目論んでいます。
当然、今の覇権国であるアメリカとは衝突することになり、南シナ海や台湾海峡でジャブの応酬をしています。
これから、益々エスカレートしていくことがあれば、化石燃料、鉱石、木材などの原材料や食糧を輸入に頼っている日本は、当然ながらリスクが高くなるため前述したシーレーンの安全保障が急務となります。
かたや中国も石油や天然ガスは輸入に頼っているところがあります。
日本も中国も西から自国へのシーレーンは共通するところがあり、そこには両国のボトルネックが存在します。
場所はマレーシアのマレー半島とインドネシアのスマトラ島に挟まれたマラッカ海峡です。
これからは米中の覇権争いの主要な舞台はマラッカ海峡になるかも知れませんが、この地域においてはアメリカが海軍力で上回っていて中国が劣勢です。
このようなことから、中国は化石燃料の輸入はマラッカ海峡を通らず西のパキスタンやミャンマーの港から高速道路、鉄道、パイプラインのネットワークを構築して陸路で中国本土へ運ぶことが計画されていますが、クリアすべきことも多く上手く行っていないようです。
そのため日本も大国の覇権争いに巻き込まれる恐れが近未来的に存在していて、冒頭私がお伝えした「私たち自身のQOLだけでなく、子どもや孫のQOLや生涯に関わること」も強ち間違いとは言えない現実があります。
どうか読者の皆さんは、「シーパワー」である日本の考え方一方だけを見るのではなく、どうして「ランドパワー」と「シーパワー」のふたつを手に入れようとするのか中国の考え方も探ってみることで、世界のパワーバランスと紛争のタネが理解出来るのではないでしょうか。
「ランドパワー」と「シーパワー」の主導権争いは、他人事ではなく自分事であることを肝に銘じていただき、海外のニュースなどにもアンテナを張って的確な情報を手に入れていただき、リテラシーを駆使して少しでもQOLの向上に役立てていただきたく思います。(ま)

